年表

1839年9月27日
長門国萩城下菊屋横丁(今の山口県萩市)に長州藩士 高杉小忠太の長男として生まれる
1846年(7歳)
寺子屋にて後の盟友、久坂玄瑞と出会う
1852年(13歳)
藩校の明倫館に入学
1857年(18歳)
松下村塾に入学、吉田松陰と出会う
1859年10月(20歳)
吉田松陰刑死
1860年(21歳)
マサと結婚、
海軍蒸気科の修行で江戸へ行く、
学問、剣術修行の旅「試撃行」に出る(加藤有隣、佐久間象山、横井小楠などに会う)
1861年(22歳)

藩主の小姓役に任命される

1862年5月(22歳)

幕府の使節団の一員として上海へ渡航

1862年12月(23歳)
イギリス公使館(品川御殿山)焼き討ち決行
1863年6月(23歳)
奇兵隊結成、初代総督となる(9月に罷免)
1864年1月(24歳)

脱藩し京都へ向かう

1864年6月(24歳)

帰郷後、野山獄に投獄されるが出所し謹慎処分

1864年8月(24歳)
4ヶ国(英、仏、蘭、米)連合艦隊が下関を砲撃。その和議交渉を任される
1864年12月(25歳)
功山寺挙兵
佐幕派を排除し、藩論を倒幕の方向へと導く
1865年3月(25歳)

長崎で英商人グラバーに洋行を反対され断念

1865年4月(25歳)

攘夷派に狙われ、愛妾おうのを連れ四国へ

1866年1月(26歳)
薩長同盟が締結される
1866年6月(26歳)
幕府の第二次長州征伐に対し、海軍総督として戦う
1867年5月17日(27歳)
肺結核により死去
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