維新の志士が語り合った場所として知られています。
高杉晋作はこの松田屋の玄関横の楓の幹に「盡国家秋在焉(国家に尽くすのときなり)」と刻みました。
1860年設置の御影石の浴場(幕末当時)を現在も使用。高杉晋作ら維新の志士も入浴したいわれのある湯です。司馬遼太郎の「竜馬がゆく」で坂本龍馬が「湯田温泉」で初めて温泉に入浴したという記載があります。
高杉晋作誕生地、立志像まで約600mという至近距離にある宿。子供の頃、晋作もこのあたりを走り回っていたのでしょう。
萩の菊ヶ浜に面して建つ海辺のリゾート温泉旅館で、露天風呂付き客室やセルフエステなど女性向け癒し設備を贅沢に揃えています。
稲荷町の妓楼「大阪屋」の跡地にあるホテル。
高杉晋作が下関で奇兵隊を結成したころ志士たちが稲荷町を闊歩していました。土佐の坂本龍馬もやってきたし、長州の桂小五郎、久坂玄瑞、伊藤俊輔(博文)、井上聞多(馨)、山県狂助(有朋)といったそうそうたる顔ぶれが、戦陣の暇をみつけて繰り出してきたのも稲荷町です。彼らはいずれも大阪屋の常連でした。




